和風朗読「彼の地に咲く花ー影に入る(いる)者ー」(3話/4話)


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原作「和風朗読台本 彼の地に咲く花(90秒)」を

全4話 にしてお届けする、朗読用「彼の地に咲く花」の第3話

「影に入る(いる)者」

 

第3話では、

 「戦の鬼」と呼ばれるまでに成長した主人公と、年頃になった姫様に暗雲が立ちこめます。

そして、抗えない別れが迫ります。

 

 

人物紹介

吉川新九郎秀秋:よしかわ しんくろう ひであき。香月が仕えている領主。家族や家臣達をとても大事にしており、特に子供に甘い。慈愛の新九郎と呼ばれている。

 

香月藤次郎晴久:かづき とうじろう はるひさ。吉川の右腕。剣術、戦力ともに秀でており、他の家臣にも慕われている。少々変わり者。

 

奥方:本名は鶴。吉川の正室であり、いち姫の母。病弱だがその人柄で侍女や吉川の家臣達からの人望も厚い。物怖じせずに吉川に苦言を呈することもある。

 

いち姫:吉川と鶴の間に生まれた一人娘。人見知り気味だが、母の気の強さを引き継いでおり、時折侍女達を困らせる。好奇心は旺盛。

 

島田勝三朗義光:しまだ かつさぶろう よしみつ。木村領攻略が思うように進まず、数々の非道な手を使う領主。恐怖での支配を好み、赤子だろうと平気で切り捨てる。

 

木村与一郎元忠:きむら よいちろう もとただ。かなりの策略家で、島田による侵略を最小限の力ではじき返す名領主。剣術の腕も立ち、領民からも慕われている。

 

  

(以下、台本)


 

「戦の鬼」

俺はいつしかそう呼ばれるようになっていた。

敵の足軽の中には、俺に気づくと逃げ出す者もいた。

 

香月殿はいつの頃からか、たまに将棋を指すだけで自室から滅多に出なくなってしまった。

戦に出ることも無くなっていた。

 

香月殿の代わりに俺が殿様をお守りする。そして必ず、島田の首を取る。

 

久しぶりに香月殿と将棋を指していたある日、香月殿が血を吐いて倒れた。

 

肺の病だったのだ。

俺は、この10数年、香月殿が重い病に罹っていることなど気づきもしなかった。

たまに咳き込んでも、風邪を引いたのかと軽く考えていただけだった。

香月殿も笑っていた。

 

稽古でも、戦でも、病に罹っていることなど微塵も感じさせなかった香月殿が、みるみる弱っていった。

 

殿様は知っていたらしく、俺を鍛えることにしたのは香月殿の後継者となる見込みがあったからだと知らされた。そして、それを申し出たのが香月殿だった、と。

 

この10数年、病を押して俺に厳しい稽古をつけ、戦略を学ばせ、実戦でも多くのことを叩き込んでくれた俺の師匠は、微笑んで息を引き取った。

 

君になら後を任せられると、笑って逝った。

 

がむしゃらに泣いた。俺を拾い、俺に日常と力をくれた人。もう誰も死なせないと誓ったのに、病にはどうすることもできなかった。

 

そして追い打ちをかけるように不穏な報せが入った。

島田がいち姫様を狙って間者を送り込んだらしいというものだった。

さらに、腕の立つ武士も幾人か雇ったというのだ。

 

木村領を攻め落とすため、島田はいち姫様と婚姻させろと言ってきたのだ。

所謂、政略結婚というやつだった。

殿様が「娘を戦の道具にはしない」ときっぱりと断ったことを根に持ち、

何が何でもいち姫様を手に入れることにしたらしい。

確かに、姫様はとても美しく育ち、亡き奥方様にそっくりなお姿になった。多くの縁談が来ていたが、殿様はすべて断っていた。

 

間者に思い当たる節があった俺は殿様と秘密裏に相談し、俺が囮になっている間に姫様を亡き奥方様の故郷へ逃がすこととなった。

確実に姫様をさらう為、島田自ら指揮を取りに来るらしい。仇を討つ、絶好の機会だ。

 

わざと島田の間者に聞こえるように、

明後日、朝早くから姫様と殿様は、奥方様のお国へ墓参りをしに行くことになったと嘘の情報を流した。

 

実際に行くのは7日後だが、これを聞いた侍女の1人が、夕方には姿をくらました。

最近新しく入ったのだが、侍女としてはおかしな立ち振る舞いが多かった。

怪しく思い、姫様のお世話からは遠ざけておいて正解だった。

 

作戦を決行する前夜、俺は心を落ち着ける為に月見をしていた。

そこへ姫様が現れた。近々戦があるのだろうと問われ、俺は濁して答えた。

 

姫様の身を守るため、作戦のことは姫様や侍女らには伏せていた。

 

そして、この夜が姫様にお会いできる最後の夜となった。

 

 

何も知らずに自室に戻る姫様の背中に、心の中で語りかける。

 

姫様を守れるなら、この時政(ときまさ)、喜んで鬼になりましょうぞ・・・。

 

入れ替わるように殿様がやってきた。

いつもすまないなと力の無い声で言った殿様が、月を見上げる。

 

「実のところ、いちはお主と祝言を挙げさせようと思っていたのじゃ。いちもお主を好いておる。どこの馬の骨かもわからん奴に大事な娘をやるよりかは安心できるし、世継ぎを産んでもらいたいと、思っていたんじゃ。」

 

殿様が縁談を断り続けてきた理由だった。

俺は目を丸くして、慌ててかぶりを振った。

 

「私のような身分の者が姫様と夫婦(めおと)になるなど、いけませぬ!」

 

殿様は視線を落とし、それ以上何も言わなかった。

 

しばらく沈黙が続き、明日は頼むぞと言い残して、殿様は自室に戻った。

 

もし、別の方法があれば、俺は姫様のおそばにずっと居られたのかもしれない。

・・・いや、それはあり得ない。

 

俺は大きく息を吐き、月を見上げた。

 

「姫様・・・今日も月が綺麗です。」

 

第4話はこちら



時間は目安です。

初めて主人公の名前が明かされた第3話。

第4話では
いよいよ島田と刃を交えます。
仇を討ち、姫を守ることができるのか。
鬼か人か、最後に笑うのはどちらでしょうか。

併せてこちらもどうぞ
原作→和風朗読「彼の地に咲く花」(90秒〜)

いち姫と時政はどんな言葉を交わしたのか。
こちらも併せて読んでいただくのを強くお勧めします
和風掛け合い「彼の地に咲く花ー鬼が憂う月ー」(5分〜)

第1話はこちら
第2話はこちら

解説

・間者:スパイ。

・祝言を挙げる:結婚式を挙げることを言う。