和風朗読「彼の地に咲く花ー命散るらむー」(1話/4話)


ルール

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原作「和風朗読台本 彼の地に咲く花(90秒)」を

全4話 にしてお届けする、朗読用「彼の地に咲く花」の第1話

「命散るらむ」

 

ここでは

鬼と呼ばれたその強さの根源が明かされます。

 

命散るらむ。・・・どうして命は散るのだろう。

 

その儚い事実を突きつけられた、一人の少年のお話です・・・。

 

 

人物紹介

吉川新九郎秀秋:よしかわ しんくろう ひであき。香月が仕えている領主。家族や家臣達をとても大事にしており、特に子供に甘い。慈愛の新九郎と呼ばれている。

 

香月藤次郎晴久:かづき とうじろう はるひさ。吉川の右腕。剣術、戦力ともに秀でており、他の家臣にも慕われている。少々変わり者。

 

奥方:本名は鶴。吉川の正室であり、いち姫の母。病弱だがその人柄で侍女や吉川の家臣達からの人望も厚い。物怖じせずに吉川に苦言を呈することもある。

 

いち姫:吉川と鶴の間に生まれた一人娘。人見知り気味だが、母の気の強さを引き継いでおり、時折侍女達を困らせる。好奇心は旺盛。

 

島田勝三朗義光:しまだ かつさぶろう よしみつ。木村領攻略が思うように進まず、数々の非道な手を使う領主。恐怖での支配を好み、赤子だろうと平気で切り捨てる。

 

木村与一郎元忠:きむら よいちろう もとただ。かなりの策略家で、島田による侵略を最小限の力ではじき返す名領主。剣術の腕も立ち、領民からも慕われている。

 

 

(以下、台本)


 

今どこを走っているのか。どれほどの時間を走り続けているのか。

ただ、迫り来る死への恐怖が俺の足を動かしている。

 

突然現れた、馬に乗り刀を持った武士。

そうだ。俺たちは田植えをしていたところだった。

 

そこへ刀を振りかざした武士達が襲ってきた。

父が走れと叫び、母の悲鳴が頭に反響した。

村中から、血の臭いが立ちこめた。

 

鎧を身につけ、立派な兜をした武士が言った。

 

「死にたくなくば降伏せよ!わしは島田 勝三郎 義光(しまだ かつさぶろう よしみつ)である!降伏すれば命は切り捨てずにおいてやる!」

 

俺の父だけでなく、ほとんどの男を切り捨てられた村人達は従うしかなかった。

俺も足を一歩踏み出した、その時。

 

「走れ!!」

 

横たわる父の声が頭に響いた。刹那、目の前で母と兄弟達から血しぶきが上がる。

島田が不気味な笑みを浮かべたと同時に、あちこちから断末魔がこだまする。

 

俺は走った。入り組んだ裏山を縫うように走った。すぐ後ろから武士達が迫る。

喉がすり切れるほど走り、気づくと辺りは静かになっていた。

風が葉を揺らす音が聞こえる。

もう体を起こすことすらできなかった。

 

これからどうしたら。どうして俺だけが生き残ってしまったんだ。あの時逃げずに武器を取れば。

 

俺が強ければ…家族だけでも守れたかもしれない。俺に力があれば・・・!

 

嗚咽を漏らす喉に血の味が広がる。

     

どうしてこんな簡単に死んじまうんだ。

 

手で顔を覆う力も残っていない弱い自分を呪った。

 

 

近くで足音がした。

島田の追っ手に見つかったのかもしれない。もう、逃げる体力は無い。

 

「どうしてこんなところに子供が・・・。おい、生きてるか?」

 

柔らかな声がすっと遠くなり、俺は暗闇に落ちた。

 

目を覚ますと畳の匂いがした。

全身に痛みが走り、指一本動かせなかった。

俺は、まだ生きている・・・?

ゆったりとした足音が近づいてくる。

 

「目が覚めたんだね。

 

柔らかな声の主はそばに座り、優しく俺の体を起こすと水を飲ませた。

侍女におかゆを持ってくるように頼むと、俺の方を向き、まるでこの世が無くなってしまったような悲しい顔をして、

 

「君の村を見てきた。」

 

と話し出した。

田んぼは血の水に染まり、そのままにされた遺体には虫がたかり、家も壊されていた、と。

島田は隣の領主、木村与一郎元忠(きむら よいちろう もとただ)と領地争いをしていて、領地を広げるためならどんな残虐な手でも使う。この辺り一帯の領主達もその非道ぶりを問題視していて、情報が入りすぐに向かったが、間に合わなかった、と。

 

「救ってやれなくてすまなかった。武士とは本来、弱き者を助ける為に鍛錬をしているというのに。こんな子供にまで手をかけるなど・・・あってはならぬのだ・・・!」

 

俺は何も考えられず、隣で苦しそうに涙を流す武士を見つめていた。

髪を下ろし、髷(まげ)も結っておらず、後ろで軽くまとめている。

切れ長の細い目を固く閉じて泣いている様は、まるで武士には見えなかった。

 

男は香月(かづき)と名乗り、明日(あす)、殿に会わせるから今夜はよく寝ておくようにと言い、出て行った。

 

侍女が運んできた、できたてのおかゆを胃に詰めると、俺はまた泣いた。

その日は泣き疲れて眠ってしまった。

 

朝になると侍女達が忙しなく行き来して、殿様に謁見する準備を整えていった。

俺はそわそわしながら、殿様が来るのを顔を伏して待った。

 

衣擦れの音が正面で止まり、一呼吸置いてから、殿様は俺の名を聞き、顔を上げるように言った。

 

「わしは吉川新九郎秀秋(よしかわ しんくろう ひであき)。島田と木村の領地と隣り合っているこの地を治めている。此度(こたび)はまことに、難儀であったのぅ。」

 

喉がぐっと締まった。何も言葉が出なかった。

声を出せない俺をまっすぐ見据えて殿様は言った。

 

「これから、どうしたい?」

 

どうしたい?これから?俺はこれから何をしたらいい?そんなの、決まってる。

 

島田の首を取り、家族の仇を討つ!

 

殿様は憂い気な顔をして、その覚悟はできているのだなと問うた。

 

まっすぐ見据えて、うなずく。

 

大きく息を吐くと、殿様は香月殿を呼んだ。

 

(第2話へ続く)

 

 


時間は目安です。

 

第2話は束の間の日常。鍛錬の日々と姫との関わり合いが語られます。

 

 

併せてこちらもどうぞ

原作→和風朗読「彼の地に咲く花」(90秒~)

    和風掛け合い「彼の地に咲く花ー鬼が憂う月ー」(5分~)

 

戦国豆知識

※当時、名前は「名字+通称+諱(いみな)(実名、本名)」の形でつけられ、諱は忌み名として口に出すことは禁じられていた。

名乗り口上や敵を呼び捨てにする時などは諱も言うこともあった。戦国時代になると名乗り口上は廃れていった。

 

ドラマなどでよく聞く「信長様!」などは本当だったら切り捨てられちゃってますね・・・笑

でもお話をわかりやすく進めるため、必要な場面ではこの台本でも使っていきたいと思います。